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和歌山地方裁判所 昭和33年(わ)289号 判決 1960年1月11日

被告人 大石七郎

大八・一〇・二七生 大蔵事務官

主文

被告人を懲役壱年参月に処する。

押収にかかるミキサー一台(証第三号)及び同妙寺町長名義の相続税法第五八条による通知書(証第八号の一相続税申告是認決議書添付のもの)中の変造部分を没収する。

被告人より金十万五千円を追徴する。

訴訟費用中証人井上静子に支給したものは被告人と分離前の相被告人水野栄二、同曽和寛男との連帯負担とし、証人大浦義夫に支給したものは被告人と同じく相被告人曽和寛男、同向山博一との連帯負担として、証人三宅章に支給したものは被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二六年四月二三日大蔵事務官に任官し、大阪府下八尾税務署勤務を経て、同二七年六月一日和歌山県下粉河税務署に勤務し、同年七月一日から同三一年六月三〇日まで同税務署直税課資産税係として、専ら相続財産の調査及び相続税の賦課決定の補佐等の職務を担当していたものなるところ、

第一、昭和三〇年一〇月頃、和歌山県伊都郡かつらぎ町妙寺九八番地料理業「かつらぎ」こと田村マサエ方において、水野栄二、曽和寛男の両名から、同年七月一一日に死亡した井上徳市の相続人である井上静子等に対する相続財産の調査及び相続税の賦課決定につき有利な取扱いをしてもらいたい旨の請託を受け、同年一一月一九日頃、右料亭において、水野、曽和の両名から、右井上静子等に対する相続税の実費並びに右請託の趣旨による謝礼として供与されるものであることの情を知りながら、現金十五万円を預かり、そのうち現金四万円は直ちにその場で右謝礼としての供与を受けたうえで、右水野、曽和の両名に対し、同人等の斡旋に対する報酬の意味で各現金二万円宛を返戻し、更に残金十一万円のうち金三万円はその頃被告人自身の取得分として特定して収受し、もつて合計七万円を前記請託の趣旨に基く謝礼として供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受し

第二、同三一年二月下旬頃、前同町西飯降一九一番地曽和寛男宅において、同人及び向山博一の両名から同三〇年一二月一日死亡した向山勝造の相続人である向山博一他二名に対する相続税の賦課決定につき、有利な取扱いをしてもらいたい旨の請託を受け同年三月三日頃、同町妙寺三八九番地料理業「一力」こと壱岐とくゑ方において、右曽和を介して右向山博一から、右請託の趣旨のもとにその謝礼として供与されるものであることの情を知りながら現金三万円の供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受し

第三、同三一年一月二日頃から同年三月中旬頃にわたり、前同郡高野口町大字名倉一〇四八番地なる水野栄二宅等において、右水野及び西村哲郎の両名から、同三〇年七月一一日に死亡した西村佳哉の相続人である右西村哲郎に対する相続財産の調査及び相続税の決定につき有利な取扱いをしてもらいたい旨更に右水野よりこれを非課税にされるよう配慮されたい旨の請託を受け

(一)  同年三月末頃、右水野宅において、同人から右請託の趣旨のもとにその謝礼として供与されるものであることの情を知りながら電気ミキサー一台(証第三号)(時価約九、五〇〇円相当)の供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受し

(二)  同年四月六日頃、前記水野宅において、同人の妻水野静江を介して右水野から右請託の趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながら現金四万五千円の供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受し、その後擅に右西村の相続財産に対する調査を中絶したまま正規の手続を履まず事実上前記西村哲郎に対する相続税を非課税として終結せしめ、もつて自己の職務に関し相当な行為をなさず、

第四、同三一年六月二五日頃前同県那賀郡粉河町所在の粉河税務署において、行使の目的をもつて、かねて同県伊都郡妙寺町長から右粉河税務署長宛に送付されてあつた同三〇年一〇月二六日付井上徳市に関する相続税法第五八条による通知書(証第八号の一に添付のもの)の記載のうち、井上徳市の死亡による相続開始年月日として「昭和三〇年七月一一日」とあるを、擅にペンで「七」を抹消して「一〇」と書き直して右年月日を「昭和三〇年一〇月一一日」と変更し、もつて右妙寺町長池田寿夫作成名義の右公文書を変造したうえ、同日同税務署において、これを真正に成立したもののように装つて井上静子及び井上了の相続税申告書及び被告人起案の申告是認決議書に添付して同税務署長に提出して行使し

たものである。

(証拠の標目)(略)

判示第一の収賄金額認定についての補足的説明

判示第一の事実に関する公訴事実は、判示第一記載の如く、被告人が昭和三〇年一一月一九日頃料亭「かつらぎ」において、水野栄二より井上静子等に対する相続税の実費並びに判示請託の趣旨の謝礼として、現金十五万円の供与を受け、もつて被告人の職務に関し、賄賂を収受したというのであり、これに対し、被告人は当公判廷において、右日時場所において水野栄二、曽和寛男より井上静子等の税金として金十万円を預つたことはあるが、収賄したものではないと弁疏するので按ずるに、前掲判示第一の事実認定の各証拠のうち証人井上静子の当公判廷における供述、同人の検察官に対する供述調書、溝端好寛の司法警察員に対する供述調書、押収の井上了及び井上静子にかかる相続税申告是認決議書綴二綴(証第八号の一、二)分離前の相被告人曽和寛男の当公判廷における供述、同人の検察官に対する第一回供述調書、同相被告人水野栄二の当公判廷における供述、同人の検察官に対する第二回供述調書、被告人の検察官に対する第四回供述調書、被告人の司法警察員に対する昭和三三年一〇月一〇日付、同月一三日付、同月一七日付、同月二一日付各供述調書を総合すれば、

一、井上静子の相続税については、当初曽和寛男において静子の亡夫徳市の実弟で曽和の隣家に住む溝端好寛より頼まれ、曽和より同人と昵懇の間柄である計理士水野栄二に依頼し、右相続税につき有利な取扱いを受けられるよう税務署係員に交渉方を一任した事実

一、よつて水野栄二は、曽和より依頼を受けた昭和三〇年一〇月下旬頃、かねて知合いなる被告人を自宅に招き、酒食の饗応をし曽和をも交えて、井上の相続税の件につき有利な取扱い方の請託をなし、その後もなお、水野宅や判示料亭「かつらぎ」等において被告人と折衝を重ねてきた事実

一、右井上静子等の相続税については、その後即ち同年一一月初旬頃右料亭「かつらぎ」での会合の際、水野や曽和の問合せに対し、被告人より、先づ荒計算で四十万円位はかかると告げ、同人等よりその減額方を懇願し、被告人もこれに内諾を与えていた事実

一、その後、被告人より水野に対し、井上の相続税は大体半額の二十万円で片附けようと内意を漏らし、水野よりこの旨曽和に伝え、井上方より同金員の受領方を指示した事実

一、右被告人の告知した二十万円位とは全額税金ではなく、被告人に対する謝礼金もその内に含める趣旨のものであつた事実

一、曽和は、当時営業に失敗して金員に窮していたところから、一部の金員を自己において流用する意図のもとに、十万円の水増しをして井上静子に対し、相続税は三十万円位かかる旨告げ、よつて同年一一月一七日頃井上より現金三十万円を受領した事実

一、曽和は、右三十万円のうち十万円は水野や被告人に秘し、自己においてこれを不正に領得して費消し、残金二十万円を同年一一月一九日頃水野の事務所へ持つて行き、同人に対し、井上より二十万円を受領してきた如く詐称して差出し、なお同人と相謀つて内金五万円を自己等の費用並びに報酬として水野が二万円、曽和が三万円宛分配して取得した事実

一、同夜水野、曽和は、判示料亭「かつらぎ」へ被告人を招き、三名酒食を共にしたうえ同料亭において、曽和及び水野より井上の相続税の実費並びに被告人に対する謝礼の趣旨で新聞紙包みの現金十五万円を差出し、水野から被告人に対し、二十万円ということであつたが、十五万円しかできなかつた旨虚偽の弁解をしながら被告人に交付し、被告人においては予期に反した金額ではあつたが、同金員を受領し、次いでその場で、被告人から水野、曽和の両名に対し、右現金のうち二万円宛自ら計算のうえ「お前等にも飲まして貰つてあるし」とか又は「これ取つておけ」等と云つて分与した事実

一、右分与を受けた金員は、水野、曽和にとつては既に同人等が予め金五万円を取得している関係上意外なものであつたが、その侭貰い受けた事実

一、同夜被告人、水野、曽和の三名はタクシーでかつらぎ町より和歌山市内の旅館に赴き、酒色の遊興を重ね、一万数千円を費消した事実

一、被告人は、当時井上静子等の相続税は大体八万円位と予定し、前記十五万円の中から四万円を分与した残金十一万円のうち更に三万円を当時自己の賄賂取得分として供与を受け、自己の用途に費消してしまつた事実

一、被告人は、井上の相続税の実費を受領しながら、その申告期限たる昭和三一年一月一二日を経過するもなお申告手続を完了していなかつた事実

一、一方井上静子は、既に曽和を通じ三十万円を支出しながら、その後税金納入済の通知がなく、支出金の行方につき疑惑を抱いていた事実

一、たまたま同三一年一月末頃、被告人が井上静子方へ赴いた際、同人から先に曽和に対し相続税として三十万円を渡してあるが如何になつているかと聞かれ、被告人はことの意外に驚き、その後この事実を曽和や水野に追及し、その結果曽和において前記の如く十数万円を不正に領得している事実が判明し、同人にその返金を迫り、同年二月頃曽和より井上に対し漸く内金三万円を返還した事実

一、当時井上静子本人並びにその親族においては、税金が途中において不正に領得せられ、納付されていないことに立腹し、税務署に届出でしようとして居り、被告人等の不正が暴露せんとする情勢にあつたこと

一、被告人は同年四月初頃、井上了および井上静子の各相続税申告書を作成し、所要の手続を了して、同月五日頃、右両名分の相続税として合計金六万九千九百二十円を納付し、その頃同納付による領収書と被告人の許で調達した現金三万円位を井上静子宅へ持参して同人に交付した事実

等の各事実が認められる。

以上認定の各事実並びにその経過に照らし、被告人が交付を受けた現金十五万円は、贈賄者の意思において明かに井上の相続税の実費と被告人の職務に関する報酬との双方の趣旨を含められたものであり、ただその税金額と報酬額とは未だ確定しておらず、その決定は専ら被告人に一任されたものである。しかし右税金額は将来確定して納付されるものであり、職務上と職務外の報酬が包括して授受された如き場合とも異り、右税金額の部分についてこれを職務上の報酬の場合と同視して取扱うことは些か収賄者に酷なものがあると云わねばならない。よつて右公訴事実の如く、前記十五万円全額につき収賄罪が成立すると認めることは適当でなく、被告人において、現実に賄賂として供与を受ける意思が、外部的行為によつて現われた金額に限り収賄罪が成立すると解するのが相当であると考える。

従つて本件の場合、被告人が現金十五万円を預かつた後更に賄賂として金員収受の事実があるか否かにつき考えるに、被告人が水野、曽和の両名より十五万円を受領した同日同所において、同人等に対し金二万円宛合計四万円を分与した事実は、その際における被告人や水野、曽和の言動並びに右十五万円は被告人がかねて水野等に指示していた二十万円を下廻り、被告人においても予期に反した金額であり、従つて被告人が水野、曽和に分与した四万円は被告人より水野等に対し賄賂等として提供されたものを拒絶したと認むべき状況にないこと等よりして、右四万円は被告人が一旦自己の賄賂として収受したうえこれを水野、曽和に分与し返還するに至つたものと認むべきである。又前掲認定事実の如くその頃被告人が右残金十一万円のうち自己の取得分として三万円の賄賂を収受したことは、これを水野や、曽和に分与した二万円宛の金額と対比しても肯認するに足るものである。

以上の理由により、被告人の収賄金額は判示認定の如く、合計金七万円と認めるに至つたのである。

なお前掲認定事実中にある如く、被告人は、井上静子に対し、最後に現金三万円位を返還している事実があるけれども、これは同人から支出している金員に絡まり被告人等の不正行為が暴露せんとするに至つたので、それを恐れての収賄後の行為に過ぎないものであるから、かかる事実の存在は何等判示第一の事実認定の妨げとなるものではない。

(法令の適用)

被告人の判示第一、第二、第三の(一)の所為は各刑法第一九七条第一項後段に、判示第三の(二)の所為は同法第一九七条の三第一項に、判示第四の所為のうち公文書変造の点は同法第一五五条第二項第一項に、変造公文書行使の点は同法第一五八条第一項第一五五条第二項第一項に該当するところ、右公文書変造と変造公文書行使との間には手段結果の関係があるから同法第五四条第一項後段第一〇条により重いと認める変造公文書行使罪の刑をもつて処断することとし、以上の罪は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条により最も重い判示第三の(二)の加重収賄罪の刑に同法第一四条の制限に従い法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役壱年参月に処し、押収にかかるミキサー一台(証第三号)は判示第三の(一)の収賄行為により収受した賄賂であるから同法第一九七条の四前段によりこれを没収し、又主文第二項掲記の押収にかかる相続税法第五八条による通知書(証第八号の一)中の変造部分は判示第四の公文書変造罪により生じたもので何人の所有をも許されないものであるから同法第一九条第一項第三号第二項によりこれを没収し、判示第一により収受した賄賂金七万円のうち四万円は被告人が収受後直ちに贈賄者たる水野栄二、曾和寛男に各二万円づつ分与の目的を以て返還したが、残金三万円並びに判示第三の(二)により収受した賄賂金四万五千円、及び判示第二により収受した賄賂金三万円はいずれもこれを没収することができないので同法第一九七条の四後段によりそれぞれの価額として合計金十万五千円を被告人より追徴することとし、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第一八一条第一項本文、同連帯負担につきなお同法第一八二条を適用して主文第四項掲記のとおり被告人に負担させることとする。

(本件起訴にかかる訴因と異る認定をした理由)

判示第一の事実に関する訴因は、被告人は、水野栄二、曾和寛男の両名から井上静子等に対する相続税の賦課決定につき有利な取計らいをされたい旨の請託を受け、昭和三〇年一一月一九日頃右両名から自己の職務に関し賄賂を収受した後、翌三一年四月初頃、既に右相続税の申告書の提出期限を経過していたにもかかわらず、擅に右井上静子及び井上了の両名に対し、右期限までに申告があつたものとして相続税法所定の加算税等を徴収せず、また配偶者控除並びに未成年者控除を認め、相続税として合計六万九千九百二十円のみを賦課し、更にその後判示第四に記載のとおり、同年六月二五日頃擅に公文書である相続税法第五八条による通知書の記載のうち、相続開始年月日を変造し、且つ右変造公文書を粉河税務署長に提出行使して同署長をして右相続開始年月日を右変造にかかる年月日と誤認させて前記不当な相続税額を是認せしめ、もつて自己の職務上不正の行為をなしたものであり、刑法第一九七条の三第一項に該当するというのであるが、前掲証拠の標目中に挙示した判示第一、第四の各証拠に徴すれば、なるほど右訴因記載のように、被告人が、水野、曾和の両名から井上静子等に対する相続税の賦課決定につき、自己の職務に関し賄賂を収受した事実並びにその後右相続税の申告期限を経過していたにもかかわらず、右井上静子及び井上了の両名に対し加算税等を徴収せず、また配偶者控除及び未成年者控除を認めたうえで相続税を賦課されるような措置をとつた事実、更にその後前記公文書の変造及び右変造公文書の行使をして前記粉河税務署長をして右相続開始年月日を誤認させて、右不当な相続税額を是認させた事実は、いずれもこれを認定することができ、且つ、右相続税に関する被告人の行為はいずれも被告人につきその職務上不正な行為であることも認められる。しかし、他面前掲各証拠によれば、井上静子及び井上了の両名からはその相続税の事実上の申告が、右申告期限内である同三〇年一一月中旬頃になされていたこと並びに右相続税もその頃右井上静子から曾和寛男を介して当時粉河税務署員であつた被告人に託されていたことも否定し難い事実であつて、ただ被告人がその職務怠慢等のため右申告期限を徒過した事情が認められるが、証人三宅章の当公判廷における供述によれば、納税義務者から申告期限内に事実上の申告がなされたにもかかわらず専ら税務署側の事情によつて期限外申告となつたような場合には、税務署側の措置としては、加算税等の徴収や配偶者控除未成年者控除等の不適用につき、必ずしも一方的に当該納税義務者のみにその不利益を帰せしめない事情にあつたことも窺われ、被告人が右井上静子等の相続税の件に関し、期限内申告としての措置をとつたことも、右のような事情よりすれば、当時の税務署における取扱い方法としてはなお無理からぬ点もあつたとも認められ、特に、被告人が水野、曾和の両名から前記のように賄賂を収受したことによつて右のような職務上不正の行為をなしたものと認むべき証拠はなお十分でないと云わざるを得ない。また、被告人が前記のように公文書の変造及び右変造公文書の行使をして、前記粉河税務署長をして右相続開始年月日を誤認させて、不当な相続税額を是認させた行為も、それ自体被告人の職務上不正な行為ではあるけれども、これは前記のように井上静子等に対する相続税につき期限内申告としての取扱いをするうえで、その手段として書類上の辻褄を合わせるための意味でなされたものにすぎず、前同様の理由により、右行為についても、特に、被告人が水野、曾和の両名から賄賂を収受したことによつて右のような職務上不正な行為をなしたものと認めるに足りる証拠はない、以上の理由により、前記加重収賄の訴因は単純収賄に認定したものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 中田勝三 尾鼻輝次 富永辰夫)

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